プロジェクトストーリー水上のカーボンニュートラル「電動推進機」-06-

実証実験に最前線で取り組む
松江市観光振興公社に、その想いを聞いた。

松江市観光振興公社

Hondaの電動推進機プロトタイプ(以下 プロトタイプ)の実証実験の場となっている堀川遊覧船。運営する公益財団法人松江市観光振興公社(以下 観光振興公社)は、堀川遊覧船をはじめ温泉や観光施設など、松江市や周辺地域の観光資源の開発、観光施設の整備、管理などを行っている。

観光振興公社は堀川遊覧船において、船頭さんの育成とマネジメント、遊覧船に使う船体と船外機の整備、運航管理、営業など、遊覧船事業に関わるさまざまな業務を担っている。

今回は、プロトタイプの実証実験にHondaと協力して取り組む高木 博専務理事、吉岡 英志事務局長、土江 健二営業係長の3名に話を聞いた。

写真左から土江 健二営業係長、高木 博専務理事、吉岡 英志事務局長

堀川遊覧船の魅力向上のための電動化

島根県松江市は環境省の「脱炭素先行地域」に選定され、地域全体でカーボンニュートラルに取り組んでいる。そのひとつが堀川遊覧船の電動化。「堀川遊覧船の電動化を検討してほしい」という松江市長の指示を受けて、電動化の取り組みを検討し始めた矢先の、2021年11月にHondaが電動推進機コンセプトモデルを発表。まさに「渡りに船」のタイミングで、堀川遊覧船での電動推進機のプロトタイプを使った実証実験の実施に向けた動きが始まった。

2023年7月、メディア向け試乗会で松江市総合計画(MATSUE DREAMS 2030)をプレゼンテーションする上定昭仁市長。

観光振興公社はHondaと実証実験に向けたプロジェクトを進めていくなかで、当初の目的である環境面での魅力向上以外に、電動化によって他の遊覧船と差別化が図られ環境意識の高い欧米のインバウンド(訪日外国人旅行)や、堀川遊覧船に乗ったことのない新しい客層への訴求など、営業面での効果や意義を見出した。

土江係長は営業企画の立場から「〝遊覧船の魅力化〞を模索していた矢先にHondaから電動推進機コンセプトモデルが発表されて、『これは遊覧船が次のステップに進むための起爆剤になるはずだ』と直感しました」と期待を滲ませる。

Hondaと一緒に開発したプロトタイプ

ゼロからHondaの電動推進機を作り上げていくという、期待と不安が入り交ざったスタート。堀川遊覧船では経験したことのない取り組みで、しかも「一般のお客様を乗せての実証実験」という高い目標を掲げたプロジェクト。「開発といってもエンジニアでもない素人に何ができるのか、我々が協力できることはあるのか?など、スタッフは不安だらけでした」と、当時の心境を語る吉岡事務局長。

こうした不安を払拭したのが、Hondaの若手開発者達がベテランの船頭さん達と年齢の垣根なく密にコミュニケーションを取りながら、現場の要望を確認して対応するなど、真摯にものづくりに取り組む姿勢だった。「一日中地道にデータ収集と分析に取り組む〝技術屋魂〞に触れて、『Hondaの製品はこんな風に作られているんだ』ということを目の当たりにしました。実際にテスト機は現場の意見を取り入れて日進月歩で進化していくので、船頭さんも〝自分事〞としてやりがいを感じられる。『ユーザーの代表としてHondaのものづくりの一端を担っている』という自負が芽生えていきました」と、吉岡事務局長は船頭さんの気持ちがHondaと一緒に仕事をする過程で変化していった様子を語る。

船頭さんの要望が反映された一例として、PCU(パワーコントロールユニット)の制御プログラムにおける出力マッピングが挙げられる。スロットル操作に対するモーターの制御を、船頭さんのフィードバックを受けてHondaの開発スタッフが微調整することで意のままに操れるようになった。

「常駐しているHondaの若手開発者が現場に溶け込み、遊覧船のスタッフや船頭さんとすごく馴染んで、ワンチームになってテストをやっているのが頼もしかったです」と振り返る高木専務理事。「新しいことにチャレンジしている」という高揚感が、ベテランの船頭さんや整備士には良い刺激になったようで、職場が活性化していった。「特に整備担当者は技術的なことに興味津々で、日々Hondaの開発者と一緒になって船をセッティングしていました(高木専務理事)」。これまでの日常業務の中に「電動推進機」という新しい風が吹き込み、堀川遊覧船の現場は一丸になってテストに取り組んだ。

実証実験を前に試作機が完成し、従来のエンジン船外機から電動推進機に載せ替えた遊覧船を操船した船頭さんの第一印象は「手元に振動が伝わらず、音も静かで疲労が少ない」「小回りが利くので操船が楽」と、いたって好感触。

実証実験で分かった「新たな気付き」が、振動の少なさがもたらす現象。それは、藻がスクリューに絡むことのある堀川遊覧船にとっては大きなメリットだった。「振動が大きくなる=藻が絡んだことを船頭さんに知らせるシグナルになるんです(土江係長)」。

「エンジン船外機はクラッチ操作で前後進を切り替えますが、『モーターは手元のスイッチ操作だけで、すぐにリバースに切り替わるの?』」なんて半信半疑でしたが、いざ使ってみると本当に切り替えが速くて簡単で、着岸時のコントロールが格段に楽になりました(高木専務理事)」。

じつは、過去に堀川遊覧船では電動化に挑戦した経験もあるが、出力不足や、前進から後進に切り替える際に時間差が生じ、制動力が十分に得られないことから試行レベルにとどまっていた。「電動はレスポンスが悪くてブレーキが効きにくい…という過去の経験をお話したら、いの一番に『Hondaならできますよ』と言われて、有言実行でその通りになり、船頭さんの電動に対する苦手意識や不安が一気に解消されました(高木専務理事)」。

絡んだ藻を取り除くスクリューの逆回転も、前後進の切り替えも手元のスイッチ操作だけで済むので船頭さんの負担は大幅に軽減した。

右側に見える「R・F」と書かれたスイッチで前後進を切り替える。

お客様、船頭さん双方のメリットが、推進機の高さ(全高)を低く抑えたことによる見晴らしの良さ。エンジン船外機使用時には付けていた、騒音を防ぐ囲いも必要がなくなり、開放感は抜群となった。

「ニュースでみたよ」~電動推進機プロトタイプ実証実験~

2023年8月からスタートした実証実験の直前に実施したメディア向け試乗会の様子が報道されると、松江市民だけでなく全国から問い合わせが相次いだ。「乗船券販売窓口で『ニュースでやっていたHondaの船にはいつ乗れるの』というお問合せを多くいただくようになりました。一般の方だけでなく関係者の間でも相当関心が高くなりました(土江係長)」。

松江市及び地域社会の発展と市民の福祉の向上に寄与することを目的とする観光振興公社。それを踏まえて、吉岡事務局長は「クリーンで静か、振動が少ないという電動の利点を活かし、学生を対象としたお掘りや城下町の歴史学習とか、カーボンニュートラルの視点に立った環境学習、水辺の生き物観察などを企画したい」と語る。松江市民を対象に実施した乗船体験会の参加者からは「クラシックやジャズを流したり、蝉しぐれや鳥のさえずりなど、自然の音だけを楽しんだりする船上イベント」や「遊覧船の屋根を外して水上からの星空観測」など、電動ならではの特長を活かしたユニークなアイデアが多数寄せられた。

「乗ってみたい」から「乗った」へ~一般乗船に向けて~

水の上のカーボンニュートラルに向けて颯爽と走り出した、Honda電動推進機プロトタイプの堀川遊覧船での実証実験。いよいよ一般の方を対象とした運用が1月末から開始されることとなった。一般の予約便は1月27日から2月25日までの期間限定で、土曜日と日曜日の計10日間実施を予定(要電話予約)。また、団体予約便は3月中旬から実施を予定しています。詳しくは堀川遊覧船のホームページで確認を。

» https://www.matsue-horikawameguri.jp/topics/dkomv3-vh(外部サイト)

水上のカーボンニュートラルへの挑戦!
電動推進機の現在地