プロジェクトストーリー水上のカーボンニュートラル「電動推進機」

電動推進機プロトタイプで、水上のカーボンニュートラルへ。

2ストロークエンジンが主流だった1964年、Hondaはコストや重量といった多くの課題を克服して人と環境に優しい4ストロークのGB30で船外機市場に参入。創業者・本田宗一郎氏が説いた「水上を走るもの、水を汚すべからず」という理念を貫き、船外機市場のトレンドを大きく転換させ、現在では4ストローク船外機が全世界の約8割を占めるまでになった。
それから約60年、Honda創立75周年という節目において、「技術で人々の生活の役に立つ」という創業者の想いはついにここまで来た!

電動推進機のプロトタイプを使用した実証実験を開始へ

Hondaは、2050年にHondaの関わるすべての製品と企業活動を通じてカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること)を目指すという目標に向けて取り組んでいる。その領域は二輪や四輪といった陸上のモビリティにとどまらず、水上のカーボンニュートラルに向けても積極的にチャレンジしている。

2021年11月に電動推進機のコンセプトモデルを発表し、試作機を用いた水上テストを実施。さらに製品化に向けたより具体的な実証実験の場として、2023年8月より公益財団法人松江市観光振興公社が運営する「堀川遊覧船」に電動推進機プロトタイプを搭載し、実際の運航で使用しながら商品性を検証していく。この実証実験に先駆けて、メディアや関係者を対象にした説明会と試乗会を催した。

実証実験の内容

実証実験のフィールドは国宝五城のひとつ、松江城の築城時(約400年前)に作られた全長3.7㎞のお掘りを、屋根付きの小さな舟でのんびりと巡る「ぐるっと松江堀川めぐり(堀川遊覧船)」。1997年の運航開始からの累計乗船客数が734万人(23年6月末現在)を超える人気の遊覧船だ。

堀川遊覧船の推力として運航当初から主力になっているのが、人と環境に優しく経済的で高品質なHondaの4ストローク船外機、出力9.9馬力(7.4kW)のBF9.9。その一部を電動推進機プロトタイプに置き換えて実際の運用に使用しながら、バッテリーのパフォーマンスや電力消費量、加速力、制動力などがしっかりと発揮されるかどうかを検証し、商品性や運用コスト、販売・普及方法などを慎重に見極めていく。

Hondaが松江市で実証実験を
行うことになった理由

電動推進機プロトタイプの実証実験の場として堀川遊覧船を選定した理由は、環境省が選定する脱炭素先行地域として「カーボンニュートラル観光」を掲げ、持続可能なまちづくりと、地方創生に寄与することを目的にさまざまな環境活動に取り組む松江市の環境への思いと、Hondaの思いが重なったこと。加えて、堀川遊覧船のサイズ(長さ約8m、幅約2m、重さ約900㎏)と、現在使用しているエンジン船外機の出力、遊覧船の運用方法などがHondaの想定する電動推進機のスペックと一致したから。

Honda電動推進機プロトタイプとは?

今回の実証実験で使用する電動推進機プロトタイプは、Hondaと小型船外機の実績が豊富なトーハツ株式会社(以下トーハツ)が共同で開発した。Hondaは出力4kW(5.44馬力)の電動パワーユニット、トーハツはプロペラやギアケース、ロアーユニットなどのフレーム領域と、それぞれの得意分野を担当した。

Hondaの強みはマリン事業に二輪、四輪で培ってきた環境技術やノウハウを応用できること。例えば電動推進機プロトタイプの電源は二輪で展開している交換式のバッテリー「Honda Mobile Power Pack e:(モバイルパワーパック イー)を2個使う。モバイルパワーパワーパック イーは、電動二輪パーソナルコミューターのEM1 e:、ビジネス用電動三輪スクーターのGYROe:などのHonda e:ビジネスバイクシリーズが採用する、振動や衝撃、水や熱、電磁波など実際の使用場面で考え得るさまざまな外的要因に対応するタフで頑丈な構造で、簡単に取り外して交換できるサイズと重量(約10㎏/1個)を実現している。出力4kWのモーターと、PCU(パワーコントロールユニット)と呼ばれるモーターを駆動するドライバーユニットもGYROe:のものを活用している。
電動推進機プロトタイプには、二輪のリソースをマリン向けに転用する「マリナイズ」を施している。例えば、遊覧船の安全運航に欠かせないスムーズで確実な減速方法。推進機は二輪の機構を使いながら、制動力を強くする独自のアレンジを施している。電動推進機プロトタイプの開発責任者、高橋能大(たかはし・よしひろ)にセッティングのポイントを聞いた。

「二輪の制御は意図しない急激な減速を避けるためにスロットルを戻すとゆっくりと減速していくのに対し、電動推進機では素早くプロペラを逆回転させて船を止めるための強力なリバース推力を得る、回生制御を採用しています。プロペラについても十数種類のセッティングを試し、推進力や電費、制動性能のデータを取り、もっとも効率のいいプロペラを選びました。半面、電動化で静かになったことで、従来のエンジン船外機では排気音でかき消されていたギア音が気になるようになったので、トーハツと協力してギアの支持方法を試行錯誤して解消しました」。

水の上ではPCUの冷却方法も工夫しなければならない。そこで、モーターとPCUの置き方を工夫した。「二輪は走行風でPCUを冷却しますが、推進機は防水対策でモーターとPCUが収まる部分を密閉しています。加えて、後方視界を良くするために推進機の高さを抑えスリムにしたかったので、デザイナーの提案も踏まえながらモーターとPCUを並列に置き、ヒートシンクの付いたアルミケースに入れて冷やしています」。こうした自由なレイアウトができるのも電動ならではの利点だ。

今後の実証実験への期待

Hondaが目指すカーボンニュートラルの実現に向けて第一歩を踏み出した電動推進機プロトタイプの実証実験。仮に堀川遊覧船をすべて電動化した場合のCO2削減効果は、現在運用しているエンジン船外機のCO2排出量が年間47トンなのに対し、電動推進機はCO2排出ゼロで、松江市が目指すカーボンニュートラル観光にも大きく寄与できる。

三方を日本海と宍道湖、中海に囲まれた「水の都」松江を代表する堀川遊覧船の電動化は、松江市が推進する脱炭素化による魅力的なまちづくり「国際文化観光都市・松江」のシンボルになり、環境意識の高い欧米のインバウンド(訪日外国人旅行)に対して大きな訴求効果が期待される。今後も実証実験に携わる関係者への取材を通して、水上でのカーボンニュートラルに向けてチャレンジするHondaの取り組みと、電動化がもたらす相乗効果を伝えていく。
水上のカーボンニュートラルへの挑戦!
電動推進機の現在地