プロジェクトストーリー水上のカーボンニュートラル「電動推進機」-05-

Hondaの開発者に聞く- 後編 -
第1号試作機を使った松江での本格的な活動が2023年1月から始まった。

Hondaパワープロダクツ事業で初の試み~実証実験への挑戦。

開発チームの発足から半年足らずで完成した「第1号試作機」の特徴は、机上検討でも課題だった、モーターとPCUを冷やすために冷却水を循環させる水冷機構だった。「冷却を終えた水が排出されることで、水冷が機能しているかどうかを確認できる検水口がその証です(加藤)」。

ところが水冷方式は「川底に沈殿したあるモノ」がネックになる。水深の浅い堀川は冷却水の流路に船外機のスクリューが巻き上げた泥が溜まりやすく、エンジン船外機では定期的な点検とメンテナンスが必要だった。そこで、堀川遊覧船で使う電動推進機には極力シンプルな冷却方法が求められた。「水冷も試してみましたが、モーターとPCUを並列にレイアウトしたことで空冷でも十分な冷却効果が得られ、連続運転しても出力が下がらないことが確認できたので、シンプルでメンテナンスの手間が要らない空冷を採用しました(高橋)」。

今回の電動推進機プロトタイプ開発においては
テストプロジェクトリーダー
(テスト領域責任者)を務めた加藤健太
今回の電動推進機プロトタイプ開発においては
ラージプロジェクトリーダー
(開発責任者)を務めた高橋能大

こうした技術的な課題よりも高いハードルが、量産前の試作機搭載の遊覧船に一般のお客様を乗せること。Hondaパワープロダクツ事業では初の試みであり、社内では安全性に対するさまざまな議論があった。さらに、一般のお客様を乗せるためにはJCI(日本小型船舶検査機構)の認証を得なければならない。そこで頼りになったのが、プロトタイプを共同で開発する(株)トーハツの豊富な知見だ。

「前例がなく、日本国内では電動カテゴリーの規格の制定中だったため、さまざまな面でトーハツさんにサポートしていただきました(加藤)」。「同時にHonda社内で安全論証を行い、最終的に役員の承認を得てお客様を乗せることを認めてもらいました(高橋)」。電動領域はHonda、フレーム領域はトーハツと、それぞれの得意分野に注力することで、試作機搭載の遊覧船に一般のお客様を乗せるというHondaパワープロダクツ史上初めてのチャレンジに対し、スムーズな認証取得と驚異的なスピードでの開発が可能になった。

法規に関わる部分では、本体に内蔵された液晶ディスプレイにも注目したい。電動船で先行する海外の法規を参考に、ユーザーニーズも踏まえて表示する内容を絞り込んだ。ゾーニング(表示の区分け)をレイアウトした中森は、ディスプレイの位置と角度にこだわった。「船頭さんが座ったときの目線を意識して視認性を重視しながら、ディスプレイを薄く見せることにも配慮しました」。

今回の電動推進機プロトタイプ開発においては
デザインプロジェクトリーダー
(デザイン領域責任者)を務めた中森幸太

加藤は第1号試作機で得られた知見を基にブラッシュアップした第2号試作機で、実証実験に向けたテストを積み重ねていた。特に真夏の過酷極まる状況下での耐久性や安全性を試すために、外気温が35度を超える猛暑日に行った100周テストでは貴重な結果が得られたという。

「お掘りのような閉鎖された水域ならではの現象で、夏場に藻が繁茂してスクリューに絡むと抵抗が増え、同じスピードで走ろうとすると、モーターの負荷が上がってしまう。リバースに入れてスクリューを逆回転させて藻を取り除けばいいのですが、そのまま走るとモーターへの負荷が上がり熱を帯びるので、温度上昇を防ぐ保護機能が働きます。100周テストでは数人の船頭さんに協力してもらい、スロットルレバーの開度や操舵量など、操船者の違いによる電費データが得られ、過酷な環境でも正常に保護機能が作動することを確認できました」。

ターゲットはメディア試乗会

試作機を用いたテストは順調に運び、第2号試作機では、チルトアップしやすいようにカバーに持ち手を付けてボリュームを抑えるなど、細部をブラッシュアップして完成度を高めていった。

今回の電動推進機プロトタイプ開発においては
セールスプロジェクトリーダー
(営業領域責任者)を務めた松川哲郎

そのいっぽうで、Honda初の電動推進機、それも試作機に一般の方を乗せることは前例がなく、そのハードルは想像以上に高かった。当初2023年の5月開催を目指していたメディア向け試乗会のスケジュール決定も容易ではなかった。エンジニア出身の松川哲郎にとって、商品企画を行う事業企画課での仕事は初めてで、ほとんど手探りの状態だった。「メディア試乗会で何を発表するのかというコンセプト決めから始まり、スピーチ原稿、プレゼン資料の作成、登壇者との調整、堀川遊覧船を運行する松江市観光振興公社との交渉など、限られた期日内でやるべきことが多岐にわたり、なかなか思い通りに進みませんでした」と苦労を振り返る。

紆余曲折の結果、メディア試乗会は連日厳しい暑さが続く7月末に決定。コンセプトモデル発表から1年5カ月の短期間で開発したプロトタイプ。試乗したメディア関係者は高い静粛性や振動の少なさに驚きを隠さず、高い評価で多くのメディアを介して多くの方々に、水の上のカーボンニュートラルに取り組むHondaの姿勢と電動推進機の商品価値を訴求できたことは量産化に向けて前進する、とても大きな収穫だった。

「松江でHondaがプロトタイプの実証実験を始める」というニュースは想像以上に反響が大きく、「いつ、どこで乗れるのか?」といった一般ユーザーからの問い合わせが殺到。メディア試乗会を取り仕切った松川は新しいプロダクトを世の中に広く訴求し、認知してもらうことの重要性を強く感じた。

実証実験は次のフェーズへ
~一般航行の開始~

開発の最終段階となる実証実験が2023年8月からスタート。実際の運航に供しながら堀川遊覧船が現在使用しているエンジン船外機とのトータルコストを比較し、経済合理性に優れていることが確認できた。10月には松江市民を対象にした乗船体験会を実施し、待望の一般航行がスタートした。

松江市での実証実験を知り、導入を検討する全国の自治体からの問い合わせも相次いでいる。電動推進機へのニーズの高まりを踏まえて、松川は商品企画の立場から「二輪、四輪を手掛けるHondaならではの調達力を活かし、部品の共通化によるコストパフォーマンスに優れた本格量産モデルを早期に企画し、小型電動推進機市場でトップシェアを目指します」と結んだ。

水上のカーボンニュートラルへの挑戦!
電動推進機の現在地