プロジェクトストーリー水上のカーボンニュートラル「電動推進機」-04-

Honda開発者に聞く -前編- コンセプトモデル発表から実証実験開始までのプロセス。

数人の開発者が始めたチャレンジ~ 電動推進機のはじめの物語

2021年に発表された電動推進機コンセプトモデル

これまでのエンジン船外機に対して、未来感と環境への優しさを表現した、スリムでスタイリッシュな純白のボディ。2021年11月19日にお披露目されたHondaの電動推進機コンセプトモデル(以下:コンセプトモデル)は、鮮烈なインパクトで「水の上の電動化」への期待感を多くの人に抱かせた。

「その数年前から電動の机上検討を自ら提案して進めていました」と振り返るのは、小型電動推進機プロトタイプ(以下:プロトタイプ)のチーフエンジニア高橋能大。「二輪と四輪が速いスピードで電動化していることや、競合他社の動向を鑑みると、近い将来、船外機も電動化がトレンドになるのは必至」という考えのもと、高橋は電動化の可能性やHondaのリソースを活かした実現方法を、数人のスタッフと探っていた。

チーフエンジニアの高橋能大
2021年に発表された電動推進機コンセプトモデル

コンセプトモデルのデザインを担当したのはデザイナーの中森幸太。Honda船外機の世界累計生産台数200万台達成を記念するメディア向け取材会で、急遽コンセプトモデルを発表するという指示があり、高橋が作成した3Dの断面図を参考にして、1か月弱という驚異的なスピードでスケッチから立体のモックアップモデルに仕上げた。

中森はどんな意思を込めてコンセプトモデルを描いたのだろうか。「従来のICE(内燃機関)とは違う、電動ならではの価値をレイアウトで表現したいと考え、設置の自由度が高いモーターとパワー・コントロール・ユニット(以下PCU)を並列に置いて後ろに延ばすことで『薄くする』レイアウトを提案し、そこからスタイリングを作り込んでいきました」。

「ユーザーの立場で電動化するメリットを想像してみると、カバーを薄く低くすれば視界が遮られず、見た目でもICEと明確に差別化できると考えました」と中森は言葉を重ねた。

デザイナーの中森幸太
来るべき電動化への準備を粛々と進めていた、高橋をはじめとするスタッフの想いが、中森が描いたコンセプトモデルを通じて多くの人に伝わり、量産化に向けたファーストステップのデザインは定まった。

"きっかけ"は国宝松江城からのオファー
松江市からのオファーから本格的な開発チームの結成まで

"きっかけ"は国宝松江城からのオファー
松江市からのオファーから
本格的な開発チームの結成まで

高橋は試作機をテストする場所を探していたところ、いち早く連絡してきたのが島根県松江市。脱炭素を推進するために国宝松江城のお掘りを遊覧船で巡る「堀川遊覧船」の電動化を検討していたところへ、報道でHondaコンセプトモデルの存在を知り、強い興味を示したのだ。

松江市からの連絡を受けて堀川遊覧船へ調査に向かったのは、コンセプトモデル発表の翌月本格的な計測機器を用意できず、高橋は持参したGPS付きのランニングウオッチで、1周の平均速度や走行距離を測った。その分析結果から、電動推進機が目標とするスペックと堀川遊覧船とのマッチングの良さに確証を得た。「遊覧船の平均速度が5~6㎞/hで、水の抵抗なども考えるとモーターの出力とバッテリーの消費電力がぴったり合致した。『これなら使ってもらえそうだ』と技術メンバーと話をしました(高橋)」。

「漂流しない=安全性が担保される」という、お掘りならではの条件もテストに適していた。堀川遊覧船は長年Hondaのエンジン船外機を使用しており、整備や運航管理といった体制が確立されていることも決め手になった。開発のスタート段階から堀川遊覧船をテストフィールドに定めたことで、要求性能や目指すべき方向性が明確になり、短期間での開発の可能性が高まった。

高橋をリーダーとする開発チームの発足は2022年春。柔軟な発想を持った若いメンバーを中心に構成された。「電動は従来のエンジン船外機とは全く違う商品になるし、航続距離や使われ方など、エンジンの常識が通用しない。いろんな壁にブチ当たったときに既成概念に捉われない柔軟な発想で乗り越える〝突破力〞に期待しました(高橋)」。

アシスタントチーフエンジニアの加藤健太は、かつて電動芝刈機のプロジェクトで高橋と一緒になったことがあり、旺盛なチャレンジ精神を買われて起用された。加藤は当時の心境を「誰もやったことがないことにゼロイチで取り組む喜び、やりがいを感じました」と振り返る。

アシスタントチーフエンジニアの加藤健太

本格的な電動推進機プロトタイプ開発

松江市の要望もあり、使用環境でテストを行うことを目的としたため短期間で開発を済ませる必要があった。そこで、バッテリーはモバイル・パワー・パック(以下:MPP)、モーターとPCUは既存の電動二輪のものを使うことが決まった。「もっとも開発に時間が掛かるのがバッテリー。これらをゼロから開発していると数年掛かりますが、すでに実績のあるリソースを活用できたことで、開発期間を大幅に短縮できました(高橋)」。

ところが、これらはいずれも「陸の上」のモビリティで使うことを想定したもの。水の上で使うのは初めてのこと。特にMPPを海水が含まれる環境下で使うことの是非がHonda社内で議論になった。

「MPPにとって最大の敵は塩分が含まれる海水です。そこで、開発メンバーが協力してMPPを動力源にする郵政向けのバイク(BENLIY e:)の日本中の運用データを調べました(加藤)」。その中から大気中の塩分濃度が堀川に近い、海沿いの地域のデータを細かく分析し、堀川遊覧船の使用環境であれば塩害の影響を受けないことを証明した。

同時にMPPを収めるバッテリーボックスの搭載方法も工夫。垂直だと端子に水が掛かり腐食する恐れがあるので、横から挿し込む方法に改めた。「端子部の水対策や、MPPの交換作業、船上の取り付け方法や位置の考え方は、以前開発に携わった電動芝刈機の経験が活きました(加藤)」。

電動推進機の性能を十分に発揮させるためには、モーターとPCUの冷却が欠かせない。中森がコンセプトモデルで描いた、カッコよく見せるための「後ろに伸ばして薄くする」という発想が、いみじくも冷却の理に適っていたのだ。

「モーターとPCUを両方冷やさなければならないのですが、技術屋の発想だとモーターを下にして、上にPCUを重ねて前後方向をコンパクトにまとめようとする。ところが防水のために密閉された空間なのでココをどう冷やすかが問題になる。そこで冷やしたいものを同じ並べ方をすれば、下の面を冷やすだけでいい。すごくいいアイデアをもらえました(高橋)」。中森のデザイナー目線から生まれた「逆転の発想」を活かして冷却問題を解決した。

若手とベテランが分け隔てなく自由闊達に議論しながらアイデアをカタチにしていく、Hondaらしい開発プロセスから生まれたのが、前後進を切り替えるスイッチの位置と形状だ。研究サイドの考えに基づき中森が複数のクレイモデルを製作し、それをみんなで触りながら意見を出し合い、使い勝手を検証した。

チームが一致団結して試行錯誤を重ねながら、待望の第1号試作機が2022年末に完成。コンセプトモデルの発表からわずか1年足らずで世界初のHonda小型電動推進機プロトタイプが松江城のお掘りを走り始めた。

~後編へ続く~

水上のカーボンニュートラルへの挑戦!
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